十勝民報  昭和55年(1980年)7月3日 木曜日

 

魅力 ― どうする “カニの家” ― 問題 体験ルポ
旅行者にとっては魅力    −ことしもカニの家を設営− 裏にはさまざまな問題が
 全国でも帯広にただ1ヶ所といわれる「カニの家」が、ことしも帯広駅東側に駐車場横に
設営された。この「カニの家」本州方面からリュックを背負った旅行者の姿が、カニに似て
いるとこらから付けられた ゛愛称"だが、彼らの為に毎年夏に設営を続けてことし十年目。

 しかし、この間問題がなかったわけではない。ことしも危うく「設営中止」となるところだったが、
ことしの利用状況をみて、設営を来年以降も続けるかどうか検討しよう−と設営された。
そこで、この「カニの家」に一泊すると同時に、これまで起きた問題点などを探ってみた。

                                             (長岩匠記者)

 この「カニの家」の正式名称は「青少年臨時宿泊所」。昭和46年から始まった「カニの家」も今年で
十年を迎え、すっかり帯広の夏の名物になった感があり、例年約三千人の旅行者に利用されている。
 「旅の楽しみは、自然に触れることと、人間の心に触れること。カニの家はその心に触れることが
できる」と、ここを利用した人たちを中心に全国にクチコミで広がり、過去約二万五千人の旅行者に
親しまれてきた。

 そもそもこのカニの家は、当時帯広地区労の議長をしていた吉田勇治さんが、帯広駅前に寝袋
一つで横になっている旅行者たちを見て「せめて雨露がしのげるような所を」をテント一張りの
「旅行者一時休憩所」を作ったのが最初。

 以後年毎に利用者が増え、帯広市、帯広駅などの協力で現在の姿になった。
しかし、数年前から利用する旅行者のマナーが問題となった。居心地のよさから長期滞在者が
現れ、カニの家を住居に土方などのアルバイトをしたり、道内旅行を中断して、金がなくなるまで
滞在しテントの近辺をあてもなく歩き回ったり。また酒に酔って乱暴をはたらき駅前交番のやっかいに
なるなど、本来の一時宿泊所の意味からはずれた利用者も一部にあったのは事実だ。
 これにともない、カニの家を撤廃してはどうかという意見が一昨年頃から市民の間から聞かれる
ようになった。そこで、帯広市青少年課、地区労などが協議した結果、昨年一年間の利用者の
状況をみて今年の設営を考えることとした。
 そして、今年の6月6日、市青少年課が昨年の利用状況調査で駅前交番、帯広駅公安室を
回り、また、カニの家の世話役ともいえる喫茶「さんのう」のマスター、参納弘義さんから話を聞き
「特に問題になるようなことはなかった」(水谷幹夫勤労青少年ホーム館長)という意見で九日、
設営者の帯広地区労と話し合いのうえ設営された。
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基本的なルールをテントに

 私がこの「カニの家」に泊まったのは、今月1日。その魅力に触れてみよう、と午後九時、毛布を
手にテントを開けると、「さんのう」のマスターを中心に、大阪、滋賀県、群馬県、などから自転車や
汽車でやって来た四人の旅行者が旅の話をしていた。
 『狩勝峠でキツネを見た」 『釧路で野宿したけど、ほんとうに寒かった」など、ポツリポツリと
体験談が話されると、参納さんが自分の体験談を話したり、これからの旅のアドバイスなどをして
静かな談笑が続く。その間にも二人の旅行者が訪れ話の仲間に加わった。

 午後11時半ごろ、寝床の用意をして横になると、隣の居る初対面の人が自然に話しかけてきた。
「日高山脈縦断登山をします」というこの人は東京の大学生で、先輩からこのカニの家を知らされた
そうだ。テントの中は少し寒く、古畳にシートを敷いた堅い床は寝心地が良いとはいえないが、
電気を消した後、すき間から入るネオンの光と車の騒音が混じり、夜風を受けながら、お互いの
素性を問いかけ、ポツポツと語り合うのは、じつに素直な気持ちになるとができる。

 これはきっとホテルや旅館などでは味わえないカニの家ならではのものだろう。
この十年間、カニの家に引き継がれてきたこの空気が、昨年までの利用者のマナーを改善させ、
存廃論を乗り越えたことに繋がるのではないだろうか。そして、ことしは、少し変化している。
「カニの家を守るためにマナーを守ろう」と、禁酒、消灯、掃除など基本的なルールをテント内に
掲げ再確認していることだ。   

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 「旅行者の役に立てば・・・が設営の趣旨。存続、撤廃の問題は、最終的には旅行者のマナーに
よるものです。だれでも旅先の暖かい気持ちは嬉しいものでしょう」(的場正明地区労事務局長)
 確かに、カニの家は旅行者にとっては嬉しいものだ。道内を野宿で回ってきたカニ族が、畳の上で
大の字に寝られ、しかも無料。旅行者同士の語りあいもできる。この魅力がカニの家が全国に
知られた理由であるともいえる。

 ところが、このカニの家で少なからず被害を受けている人がいるのも見逃せないこと。
帯広ユースホステルの筒井昭一さんだ。ちょうど駅からユールホステルの通りにカニの家がある
ことから「ウチの女性のホステラーが冷やかされたり、あるいは誘われてウチをキャンセルしたりで
困っています」といい、また距離も近いことから、いきなり風呂を貸してほしいと入ってくる人も
いるという。

 「ウチとしては、カニの家に反対しているわけではありません。場所を移動して、きちんと責任者を
置き、トイレ、水道などの設備をすればと思うのです。私も旅行者の気持ちは充分わったています。」と
話す。しかし、六月に行われた市青少年課の調査では、筒井さんの話を聞いておらず、「これには
納得できません」と調査への不満を表している。

 あくまでも善意の気持ちで運営されているカニの家が、利用者のマナーの問題や周辺住民との
問題がからんでくるのは、当然起こりえることだといえる。が、ことしもカニの家は建った。
世話役の参納さんは「できるだけテントを訪れ、マナーのない人には出てもらうなど注意をします」と
「カニの家」が旅行者のいい思い出になることを願っている。

帯広・十勝の住民にしても、「カニの家」は大切に見守っていく必要があるのではないだろうか。